日本ではレンタル屋さんで借りられる『クリムト』以外ほとんど観ることのできない、ラウル・ルイスアメリカで撮った初めての映画である。英語(ニューヨークの)が持つ間抜けさのようなものが巧く取り入れられていると同時に、チリ出身であるルイス自身の毒々しい嗜好が容赦なく発揮されている、いわば楽天的な悪夢のような映画。
歩道の傍らでで自分の腹にナイフを刺した初老の男に出会った青年が、その男に付きまとわれ、なぜか息子呼ばわりされる。それどころかこともあろうにその気が触れた男は、腹にナイフを刺したまま青年の部屋まで付いてくる。その後も、青年の行く先々に初老の男は登場しては、青年が出会った女や、突然登場する色々の人物(人種も肌の色も違う人々)に刃を向ける。行動の動機や、そこに当然発生するはずの恐怖が登場人物たちのとめどない饒舌によって嘘のように後方に押しやられて、つまり「リアルな」感情というものが深化されぬままに、映画は次から次へとショットを変え(極端な仰角や俯瞰)、シーンを変え(突然画面が白黒になったりする)てあるはずのない結末に向かって上滑りしてゆく。まるでこの暴力の塊のような「父親」に、この映画自身が迷惑を被っているかのようだ。そしてその迷惑は、映画が一応の結末を迎えても終えることはない。


Golden Boat [VHS]