ザ・ウォード/監禁病棟

はや10月になってしまいました。映画の日に映画を見たのは何月以来だろうか。『ゴーストライター』を見よかと思っていたんだけど、渋谷に行くより新宿に行くほうがより少なく頑張ればいいので武蔵野館で『ザ・ウォード』にした(『ゴーストライター』は15日から武蔵野館でもやるみたいだし)。今日は振り返ってないからわからないけど立見が出たかもしれないくらいの大盛況。

まずはこのスチル

やあ、いい。1966年のオレゴン州の精神病院が舞台です。1966年といえばなんとちょうどぴったりフレデリック・ワイズマンが「精神異常犯罪者矯正施設」を扱った『チチカット・フォーリーズ』の撮影された年(公開は67年)ではないか。というのは帰宅してから調べたんだけど、そもそもなんで調べたかといったら、『チチカット〜』とタッチは(だいぶ)違えど、この映画を見ながら『チチカット〜』を想起してしまったからであって、それは上映前にいよいよ迫ってきたワイズマン特集のチラシが出来上がっていたのを嬉々として5枚くらい確保してそれを上映中ずっと膝に乗せていたということもあるのだけどそれはともかく、雰囲気が不思議と醸し出しているのだワイズマンを。舞台となる建物の敷地に入ったら、エスタブリッシュメントショット以外基本的にそこから外に出ないちょっと息を詰まらせられる濁った空気、治療される側と治療する側のどちらが―あるいは両者が―狂っているのかわからないような雰囲気。それから妙にだだっ広い疑似リビングルームのような空間(革張りのソファやらダイアル式のテレビやらレコードやらが並んでいる)に、入院患者の女の子たちがなんとなく集まって来る、その、ある制度の中だけで公共な空間。そんな場所でこの子たちは、音楽がかかると一人また一人と踊りだして(上のスチルの場面)、今まで彼女たちに不信感しか抱いていなかった主人公がそれを見て思わず笑みをこぼす―それはその映画でほぼ唯一主人公が笑うところなのだけど―そういうシーンがぽんっと入ってて、おおいいなって感じるだけじゃなくて、このさりげなさは、この人ワイズマン見て研究してるんじゃないのとつい邪推してしまう。

『ザ・ウォード』は『チチカット〜』や他のいくつかのワイズマン映画同様に部外者があまり好き好んで踏み入れようとしない閉じられた空間に入り、目的を果たすまではそこに留まらんとする映画だ。鏡が明らかに意図的に排除され(一度お約束的にコンパクトのミラーが使われてはいるけれど)、窓の外の風景は断固として見せない。空間の広がりを拒絶してただ中へ中へ―。そういう映画なんだと思う。もちろん主人公のクリステンは必死で逃げようとするんだけど、どこをどう逃げているのかまったくわからない―といっても画面はむしろ明快なわけだから、むしろどうやったら出口に辿り着くのかわからせようとしていないし、そもそも出口なんて用意されていないのだ。

中へ中へという運動がこの映画の本質なのだということは、後ろからがっしと腕を押さえられるというイメージ(日本版のポスターにも使われている)が冒頭、主人公が警察官に保護されるところから、トラウマのフラッシュバック(これほんとどうでもよいカットなんだけど、「腕の動きを封じられることによって自由を奪われる」というイメージは強調される)、また、事あるごとに看守や医者に同じポーズで捕まりそれが終盤まで絶え間なく反復されるということからも見て取れる。捕縛される=病棟の中へと戻されるということがこの映画の恐怖であり、背後をとられるということは捕縛され、最終的には殺されるしかないということなのだが―死とはつまり「中」から二度と外へは出られないということだ―それはこの映画の最大の恐怖として表象される。その死が反復され、恐怖は増幅される。この映画にはヒッチコック的なサスペンスというものはまったくないのだけど、代わりにいくつもの死によって膨らませられる恐怖がある。そういう意味でこれは立派な恐怖映画と言えるのだろう。


それにしても、カメラがあっち向いたら誰もいなくて安心してこっち向いたらそこにいて、どーんって効果音と共にわあびっくり!みたいな演出(演出といえるのか?)は本当やめてほしい。ああいうのはじぶんの中に流れるアメリカ人の血が濃ければ濃いほど興奮する度合いも多くなるというものなのかもしれないけれども、あそこまでワンパターンにやられると苦笑するしかない。でも、背後を取られたら最後!っていうルールはしっかりと守られているのだからそれはそれで関心するべきなのかもしれない。


※三つ編みの女の子(ローラ=リー)が逃げながらもぴょんぴょん楽しそうに跳ねてるところがこの映画のベストアクト。主人公を演じるアンバーハードはいつも口を開けている印象で、特にローアングルからつんと尖った鼻がうまく撮られていて、とてもかわいいんだけど、シャーリーズ・セロンみたいにかわいいだけでしょうもない女優にはなってほしくないものです、同世代として。にしても、もうちょっと化け物と格闘してくれればよかったのに、あんな安易な斧はずるい。

※女の子たちが着用している衣装がとても良い。シャツをブルージーンズにインしてるのとか。しかもその衣装は看守からこれを着なさいと指示されている借りものの服であるから、それがそのまま映画の衣装となってしまうあたり映画と楽しく戯れているなという気がする。それからマッチ箱が異様にでかかったり、窓のブラインドがでかかったり、時代考証なのか趣味なのかなんなのか。


88分って驚異的だよね。