彼方より

映画館ではないけれど、スクリーンで見たということで、とりあえず映画館のカテゴリーに入れておきます。しかし、いつ以来だろうかアテネフランセ。エレベーターが新設されたらしい。

  • 『彼方より (Aus der Ferne) 』 トーマス・アルスラン 2006/DE/89min

トーマス・アルスラン(1962~)という人はベルリン映画アカデミーを卒業した同時期の何人かの映画作家(クリスティアン・ペツォルト、アンゲラ・シャネレク)と並べて<ベルリン派>と称されている作家のひとりで、そのもっとも注目されているひとりらしく、特にヨーロッパではかなり有名なんだとか。

『彼方より』は、ドイツ人とトルコ人のハーフで、ドイツ生まれドイツ育ちだが、小学校だけはトルコの小学校に通ったアルスランが数十年ぶりに訪れたトルコで「すでに聞き知ったイメージなどではない映像を得る」(≪ミヒャエル・バウテによるインタビューからの抜粋≫からの抜粋)という目的をを出発点として2005年5月〜6月にかけて撮った映画。「この映画はルポルタージュではない。何かを証明するのではなく、ただ見つめる映画だ。遥かドイツで生まれ育った監督が、自身の故国に向けた個人的まなざしを記録した作品である」(アルスラン譚、チラシより抜粋)ということである。特にこの「個人的まなざし」というところが大事なんだと思う。といっても、講演をした渋谷哲也氏の言うとおり、トルコ人のハーフである監督のアイデンティディ云々とかそういうことが問題とされているのではない。ヴェンダースが小津という不在(「無」とのみ記された墓)を中心に撮った『東京画』のようなある種の深刻さはなく、といって軽いわけでもなく、人々のまなざしをじっくり撮っていく。カメラの前を通り過ぎるトルコの住人たちが好奇や怪訝の表情や浮かべてカメラをみつめて去っていくそのまなざしが、イスタンブールアンカラ、ドゥバヤジットといった街々の風景とそこにある音とともにこの映画の主役を担っている。そして何より、特徴的なのは、監督であるアルスランのものと思われるナレーションがところどころに入っていることだと思う。ワイズマンのように透明に徹するのでなく、映画の作り手である「私」がまなざしの主観としての「私」をカメラにまとわせて、映画に微妙な「私性」を取り入れている。


上映後、渋谷氏の講演で、アルスランの旧作の抜粋上映が5つくらいあってとても興味深かった。処女作の『周辺で (Am Rand) 』(91')という映画は、ペーター・ネストラーに謝辞が捧げられていたりしてなおさら興味深い。東西ドイツ統一直後、ベルリンのど真ん中にぽっかり空いた空間を「周辺」と見てその空洞を埋め立てる(?)ショベルカーの動作を淡々と捉えたりする。ドイツではDVD化されているものもあるみたいだから買おうかと思う。
どの映画もかなり面白そうだったけど、ただ、もう一つショットの威力が足りないような印象は受けた。ストローブ=ユイレジャン=クロード・ルソーのとんでもない画面はやはりそうそうつくることができないんだなと。『彼方より』でいうと、特に、街と街の間の、車の移動シーンがどうもいまいち良くない気がする。あんなに早くカットを割ってなんか意味あるのかな、リズムも良いと思えない(助監督、録音技師、運転手と4人のクルーで低予算、フィルムカメラでの撮影だからあんまり節操無くカメラを回すわけにはいかなかったらしいが)。とはいえやはりナレーションの入れ方とか、アルスランの叔母さんを画面に向かってしゃべらせたりというところが面白かった。
ちなみにこの人、ブレッソンの影響を受けていて、自身の制作会社をpickpocketフィルムプロダクションと名づけている(奇遇です)。
日本でまとめて紹介されるような機会があればぜひ足を運びたい。

追記:『彼方より』はアルスラン初の長編ドキュメンタリーで、むしろその前の『兄弟 (Geschwister) 』(96')、『売人 (Dealer) 』(98')、『晴れた日 (Der Scho(ウムラウト)ne Tag) 』(01')の3部作の劇映画が代表作とみなされているとのこと(このうち『売人』はドイツ盤DVDが出ている)。今日の講演ではこの3作を通しての作風の変化が渋谷氏によって語られた。むしろフランス的、ヌーヴェルヴァーグ的だった演出と、ドイツでのトルコ移民2世、3世とかいう社会的テーマから、次第に離れて行って、家族の抱える微細な心理的葛藤みたいなものを主題とした極めてドイツ的(らしい)な映画をとるようになってきたとのこと。また、古典映画からの影響の受け方、その距離の取り方がニュージャーマンシネマの作家たちとは違い、過度に批判的になるでもなく、ごく素直でひねくれていないとのこと。

『売人』はベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞などを受賞している。新作『影の中に (Im Schatten)』(09')が来月のベルリン国際映画祭に出品予定だとか。

それにしてもpickpocketは会社の名前にしては物騒だ。